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10分間本屋

大学院に進学してから、電車の待ち時間が増えた。正しく言えば、目の前に来た各駅停車に乗ろうが、1, 2本後の快速急行に乗ろうが、到着時刻が変わらないといった状況が多くなった。

恐ろしく無駄な10分間。この隙間に雑なニュースを吸い込むこともできるが、最近は本屋に行くことにしている。乗換駅の改札を出て10秒のところにちょうどいいのがある。

往復する時間や会計を考えると、本を選ぶ時間は5分もない。このような制限の中で本を買うとき、普段とは違うコードに従って動いていることに気づく。たとえば、いつもは真っ先に早川や創元の棚に向かって背表紙しか見えていない本をひとつひとつ見ていくが、この時は書店員おすすめコーナーに平積みされている本を見る。へぇこんなのがあったんだなんて佇んでいると、残り時間が2分くらいになっている。慌てて手に取って買い、PASMOで会計をしてホームに戻る。結果、手に取っている本は、好みに最適化されていない博打と化す。博打というよりセレンディピティが相応しい。先入観を持たずして買った本は、関心を広げることがある。いまさら東野圭吾を読んでいることを過去の自分が知ったら、どうしたんだと言われそう。結構おもしろい。

この経験はなんとなく、バーテンダーに適当に選んでもらったウイスキーを飲む感覚に似ている。カウンターまで押し寄せてきそうな瓶を眺めながら、おすすめをストレートで口に含む。香りが鼻の奥で滞留する。少しだけいい気持ちで雨の中を歩くことができる。