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冬の朝

ホットココアがなければ凍死していただろう。いつもコーヒーばかり飲んでいるから、久しぶりにココアが飲めて良かった。

冬の朝は手をポケットに突っ込んでいてスマートフォンを見ないから、町並みを見ながら歩ける。自分は結構この時間が好きだったことを思い出した。

中学生の頃、乗換駅で電車を待っていると、同期の女の子が目をつむりながらマフラーに顔をうずめていた。彼女の眠気が晴れていないことが分かったが、話しかけることにした。突然地震が起こったかのようにびくりと驚いてイヤホンを外す。それから久しぶりと言った。会うのは1年ぶりだった。彼女の部活の関係で、冬になると同じ通学電車になる。

車窓からは冷たく重い空に擬態する電柱が見えた。電柱は等間隔に並びながらうつむいている。朝7時なのに東京は暗かった。彼女はハイソックスと膝丈のスカートを履いていた。寒くないの?足、と聞くと、寒いよと言った。彼女はかつてスカートの下にジャージを履くことを批判していた気がする。それから、膝が乾燥するんだよねと言った。

その頃は、駅舎の立ち食い蕎麦屋から鼻を赤くして出てくる御仁に憧れていたように思える。蕎麦屋はかつて大人の象徴だった。ひとりの男なんて醤油味のものしか食べない。